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(2015/8/3)アンテナとしての研修

最近伺っていたお客様先の最寄りの駅を歩くたびに気になっていたことがあった。汚いハローキティの銅像が置かれていたのだ。なぜだろうとかすかに思いながらも慌ただしい通勤の途上でもあり、深く気に留めずに横を通り過ぎる日々だった。

ある日本社に戻る日があり、同僚といろいろ話している時にその駅の話になった。

「厚木といえば、豚だよね」

と、その同僚は言った。

「ぜんぜん知りませんよ」

「有名だよ。せっかく通っているんだからシロコロホルモンを食べたら?」

などと話した翌日、やはり駅を歩くと、ものすごく驚いた。いつも私が見ていたそれは、汚いハローキティではなかったのだ。それは、あゆコロちゃん、という地域のゆるキャラで、豚をモチーフとする銅像だったのだ。

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その後別の同僚から、あゆコロちゃんとハローキティがコラボしていると知らせがあった。見間違えたのはあながち理由がない話でもなかった。

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豚が有名ときいた翌日、いつも見ていた汚いハローキティが豚の銅像と気づいた、というのは、しかし、示唆に富む話である。意識が低いと、見ていても正しく見ることができないのである。頭にアンテナを張ったことで物事をキャッチ出来たとも言える。

さて、ここで話は変わる。というか、ここからが言いたいことである。

私の生業は社会人向けの研修教育サービスであるが、数日間、長くても数ヶ月の研修期間で、教えるべきトピックをすべて理解させ、さらに実践させることは難しい。研修中やその翌日からスキルが発揮されない現状をもって研修など意味がないと判断される方もいらっしゃるかもしれない。

しかし、研修ではアンテナを高く張っているのだ、と考えてほしいと思う。

今後の業務や人生で、ふと、この状況は以前言われたことだなと思うことがある。そのときはなんでそんなことを言われているのかわからずに聞き流していたかもしれない。しかし今、その必要性にあなたは気がついたわけだ。

それは多分、そのとき言われなければ今気が付かなかったことだ。そして気づいた以上、言われた時にはできなかったそれをあなたはいまこそ実践できる、と私は思う。気づいたということは機が熟したということ、今までできなかったそれが今やできるようになっているということだ。

研修は研修期間で終わるものではない。研修で張ったアンテナはずっと状況を察知するのに使われ続ける。そんなふうに思ってもらうと、講師冥利に尽きる。